準備品は注射針2種やアルコール綿など8アイテムを2セット
大阪市東住吉区にある「平野区画整理記念会館」。
本来は300人が収容できる約350㎡の大ホールに、講習を受けにきた70人の薬剤師が集まっていた。
ホールには10人が座れるよう「ロ」の字型に並べたテーブルが、7カ所に置かれていた。十分なスペースを取って、密を避けるためだ。
その7カ所、それぞれに講師役を買って出てくれた訪問看護師や病院薬剤師がついていた。
テーブルの上には、準備品がセッティングされていた。
中身は、①20mL生理食塩液、②ビタメジン静注用(コロナワクチンに見立てる)、③5mLシリンジ(希釈用)、④1mLツ反用シリンジ(接種用)、⑤注射針(21G/希釈用)、⑥注射針(23G/接種用) ⑦手袋、⑧アルコール綿。これらが2セット入っていた。
また、事前に廃棄物への注意事項が書かれており、シリンジの包装等燃えるゴミは指定の場所にまとめて廃棄、シリンジや注射針、生理食塩液、薬剤は持ち帰り自宅練習用とするなどとしていた。
ホールには10人が座れるよう「ロ」の並べたテーブルが、7カ所に置かれていた。十分なスペースを取って、密を避けるためだ
テーブルの上にセッティングされていた準備品
テキストの「はじめに」には、シリンジへの充填作業に関して、大きく「陰圧操作」と「陽圧操作」の2種類があることが説明されていた。
これは、病院薬剤師が抗がん剤などを安全キャビネット内で操作する場合、薬剤が外に漏れ出すのを防ぐために「陰圧操作」をしているのに対して、看護師などではスピード感で勝る「陽圧操作」をすることが多いことが背景にある。今回は、希釈するための生食液注入時には陽圧操作、分取の際には陰圧操作と、実際の現場での作業効率を上げることとスピード感のある看護師の手技に近づけるため、2つの操作を組み合わせた内容で講習は行われた。
ちなみに、講習を受けた薬剤師の中には、「注射針に触れるのは学生ぶり」という人もおり、本講習内容は病棟業務への理解にも繋がる。今回の講習会は、コロナワクチン接種体制へ向けた薬液充填等を習得するためのものではあるが、病院薬剤師や訪問看護師とともに薬局薬剤師が学ぶ姿は、本講習会そのものが「地域連携」の一つでもあると感じさせた。この講習をきっかけの一つに、無菌調剤などの業務開始へのハードルが下がる効果を期待する声も聞かれた。
話を本題に戻す。
講習手順を詳細に記す。なお、今回の講習ではファイザー社のコロナワクチンを想定している。
1、消毒
まずバイアルや輸液ボトル等へ針刺しを行う場合は、ゴム栓部分の消毒を行う。基本的にはバイアルのゴム栓は滅菌されているが、細菌汚染防止を徹底する。
作り置きのアルコールガーゼ・綿などではなく、個包装のアルコールガーゼを用いる。手指消毒も徹底する。
2、生理食塩液を採取し、バイアルへ投入
手袋を装着し、開封直前に生理食塩液、バイアルの開口部を消毒する。
滅菌包装されているシリンジの袋を柄の部分から3分の1強ほど開ける。
片手で袋に入ったまま持ち、もう片方の手で注射針の包装を同じように開ける。
シリンジに針をセットする。
生食1.8mLを採取。
バイアルのゴム栓に穿刺し、エアーを少し吸い上げる(陰圧操作)。内筒を離すとシリンジ内の液体はバイアルへ注入される。シリンジ内の液体がなくなるまでこの操作を繰り返す。
バイアル内のエアーの部分に針先を持っていき、1.8mLのエアーをシリンジに吸い上げて(等圧〜陰圧になる)ゴム栓から針を抜く。
シリンジを抜き、リキャップする(再びキャプする)。
生理食塩液は1バイアルに1アンプル。残りは廃棄。
3、溶解する
バイアルの中の生理食塩液と薬剤をゆっくり上下に反転させながら混ぜる。
以上で、いわゆる希釈作業が完了となる。
希釈された薬剤を、シリンジに分取する作業に関しては、医師や看護師が行う場合も想定されるが、講習会では分取作業も行った。
4、バイアルから薬液採取
今回は0.3mLと分取量が少ないため、シリンジ内にエアーを入れずに分取操作した。
バイアルゴム栓を消毒しゴム栓に注射針を刺す。
少量の薬液をシリンジにひく。
シリンジに引いた分のエアーを圧力差に任せてバイアル内に戻す。
5、薬液量確認
シリンジ内に気泡や余分なエアーがないか確認する。
気泡がある場合はシリンジ側面を弾き、気泡をシリンジ先端に集める。
先端に集めたエアーを排出する。
採取した薬液量を確認し、微調整する(不足している場合は再採取を行う)。
(テキストではシリンジの目盛では針先までは含まない、などのシリンジ内の薬液の計量方法も詳述している)
以上が、薬剤師がコロナワクチン接種に関して協力する可能性のある、希釈、薬液充填作業となる。
文字で読んでも、実際に作業してみないとなかなか分かりづらいところがあるだろう。
講習会では、1回目に説明を聞いた上で、自分で作業する。2回目は、自分が1回目の作業で疑問に思ったことをチーム内で質問し合いながら確認作業を行う。
1回目の説明では、食い入るように聞いていた薬剤師の姿が印象的だった。
2回目では、隣に看護師や病院薬剤師が付く姿も見受けられ、薬剤師が「なるほど!」と声を上げるなど、疑問を解消しながら手技を習得している姿が見受けられた。
看護師からは「回り回って自分のためでもある」との声
夜6時半から2時間近く、終了が8時半にもなった講習会に6人もの訪問看護師や病院薬剤師が協力してくれたのはなぜなのか。
訪問看護ステーション湊の尾上幸子氏は、「コロナワクチンの接種がスムーズに進むことは、当社の看護師が安心して患者宅を訪問することにもつながります。回り回って自分のためでもあると思います。そして、何よりも社会がコロナ前のような生活を取り戻すために、医療従事者として協力できることがあるなら、当然、協力すべきものと思っています」と話す。
また、東住吉森本病院薬剤科主任の黒沢秀夫氏は、「最近、東住吉区薬剤師会様と、連携を強固にしてきたことが大きいと思います。入院前の患者さんの投薬状況をご教授頂けたり、退院後はサマリーのやり取りで状況を伺うなど、薬局薬剤師の方々と病院の薬剤師がそれぞれの立場から役割を果たし連携する意義は大きいと思っています」と話す。
東住吉森本病院薬剤科が全面協力をしてくれた背景には、薬剤科科長の野村剛久氏が極めて協力的だったこともある。
野村氏は講習会のテキスト作成に当たって、東住吉区薬剤師会副会長の竹内由香里氏との間で、修正のやりとりを6回にわたって行ってくれた。
野村氏は「オール薬剤師での取り組みですよ」と話す。病院・薬局の垣根なく、薬剤師という職能としてコロナワクチン接種体制の整備に協力していくとの考えだ。
講習を受けた薬剤師「薬剤師は地域に貢献できる」
講習を受けた「はな薬局南田辺店」の田中匡氏は、「薬局薬剤師不要論などを聞くこともありますが、薬剤師は責任と機会を与えてもらうことができれば、地域のために貢献できる力を持っていると思います。今日の講習を受けて、希釈と充填作業に自信が持てました。実際の接種会場で協力要請が来たらご協力できると思います」と話す。
また講習を受けた別の薬剤師は、「コロナワクチン接種で薬剤師も何かしなくてはという思いがありました。私は勤務薬剤師ですが、経営者には“かかりつけ薬剤師”の要件である地域活動ですよ、と接種会場への協力を説明すれば会社からの理解も得られると思っています」と話す。
講習会では終了後にアンケートをとり、実際の接種体制協力への意向確認を行い、協力の意思を示す薬剤師はかなり多かったと聞く。
こうした講習会を通して、実際の協力体制の把握にもつながるだろう。
東住吉区薬剤師会会長の石田琢磨氏は会場のあいさつで、「講習会の目的は、“明日協力してほしい”との要請を受けた場合であっても応えられる頼もしい薬剤師であることです。法の下で、要請に応じて準備をしていきたいと思っています。これで大丈夫だろうかと思う部分もあり、手探りの中での初めての講習会にはなりますが、まずは、これだけの薬剤師がこうして集まったことを喜びたいと思います」と話した。
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講習会を取材して印象的だったのは、楽しそうな薬剤師の姿だった。
新しい知識習得に貪欲な薬剤師の本質を垣間見たような気がする。
東住吉森本病院薬剤科科長の野村剛久氏から6度のテキスト修正のやりとりをした竹内由香里副会長は、こう語る。
「修正のご指示をいただいて、もちろん大変だったんですけれど、とても楽しかったんですね。新しいことを知っていくこと、そして、この歳になって、心から尊敬できる人に出会え、やりとりできる楽しさですね」
【コロナワクチン接種体制_薬剤師の準備は】東住吉区薬剤師会は少ない情報の中でどうやって希釈手技講習会実現まで至ったのか?
https://www.dgs-on-line.com/articles/741【2021.02.17配信】2月14日、国内初となるファイザーのコロナワクチンが承認され、接種体制整備が急ピッチで進んでいる。承認によって詳しい情報が提供されたことで、対患者への説明のための情報入手には安堵する声が薬剤師の中からは聞こえる。一方で、承認前の暗中模索の中で、すでにファイザーワクチンで必要になる希釈手技の講習会開催を決めている薬剤師会がある。大阪市の東住吉区薬剤師会だ。同会はどのようにして講習会実現までに至ったのか。そこには、コロナ禍以前からの病院薬剤部や訪問看護師との連携体制など、いくつかのキーワードがあった。