11月23日、月曜日。勤労感謝の日で祝日だった日だ。
生活者から「緊急避妊薬の在庫はありますか?」との問い合わせが入った。
受けたのは、荒川区の薬局に勤務する鈴木怜那氏だ。
鈴木氏は在庫がある旨を伝えるとともに、現在は処方箋が必要であるため、受診する必要があることを伝えた。
とはいえ、この日は多くの診療所が休みとなっている祝日。
鈴木氏は受診できる医療機関を探すことに協力。何とか見つけ出し無事、緊急避妊薬を渡すことができた。
こうした患者からの求めに応じることができたのは、鈴木氏が緊急避妊薬に関する研修を修め、在庫もしていたからだ。
鈴木氏がこうした緊急避妊薬備蓄などの体制整備に当たって「影響を受けた」とするのが、特定非営利活動法人Healthy Aging Projects For Women (NPO法人HAP)。
同団体は女性のライフステージに応じた健康管理と疾病管理(ウィメンズヘルスケア)に関して講習などを行っている。ネットで「緊急避妊薬 在庫」と検索すると、検索上位にHAPのHPが表示される。実際に在庫している薬局を紹介するなど、生活者向け情報提供も行っている。
このHAPの講習を受講する薬剤師が最近、増加している。大塚製薬とHAPが共催する「ヘルシーエイジングサポーター養成講座」(=OATHAS)は、2017年の開始以来、1万3000人以上の薬剤師が受講した。2019年末までの累計受講者は約1万5000人になった。2020年は全面WEBでの受講が可能となり、新型コロナ禍の中でも2020年末までは約1万6000人が受講した。
HAPの理事長でOATHASの講師も務める薬剤師・宮原富士子氏(ケイ薬局、東京都台東区)は、もともと製薬企業で女性ホルモン剤の臨床開発に携わったキャリアがある。そのころから、海外に比べて、日本の女性はかかりつけの産婦人科医師を持たない人が多いこと、生理・妊娠・出産・閉経・更年期などホルモンに大きな影響を受ける女性特有の健康に関して情報提供が少ないことに課題意識を持っていた。
薬局を経営するかたわら、HAPの活動を通して、女性の健康に寄り添える薬剤師の養成に力を注いできた。
宮原氏は「最近、女性の健康支援に関心を持つ薬剤師が増えた」と感じているという。
要因の一つは、緊急避妊薬の薬局での販売について議論が起こっており、この議論を通して、研修を受けたり、自身が何ができるかの情報収集を行う薬剤師が増えたことがある。それに加えて、宮原氏は「調剤だけではなくて、本当は薬剤師としてもっと何かしてあげたいと思っている薬剤師の気持ちが高まっているのではないか」とみる。
例えば、閉経後に女性の大きな健康問題となる骨粗しょう症に関しては、更年期に悩む女性の支援と同時に、ちょうどその娘にあたる10代の女性に対し20歳までに骨を育てておく重要性を伝える必要がある。「これらは社会的に意義が大きくても調剤報酬のような保険の範疇ではなく、どこが担うかと考えると、薬局がとても最適な場所にいると思う。薬局ができる大きな貢献だ」と話す。「もともと薬剤師は女性の比率が高く、その女性薬剤師自身が当事者であること、それにもかかわらず薬学部で十分な教育がなされていないことも背景にある。そこを是正することで大きな貢献ができる職能であると考えている」という。
鈴木氏も、宮原氏の講演を聞いたことが、一歩を踏み出す契機になったと振り返る。
「薬剤師として何か行動をしたいという焦りばかりが募っていました。そんな中、宮原さんの講演は何をしたらいいのかが、とても具体的でした。例えば、まずは保健所に挨拶に行くだけでもよいとか、緊急避妊薬でいえば、研修を受けたら1包装でいいから在庫をすることなどです。そして、在庫があるという情報をネットなどしっかり生活者に届く形で開示していくこと。こうした行動の結果、実際に生活者から、自分の薬局が頼りにされたということは薬剤師としてのやりがいにつながったと思います」(鈴木氏)
こうした女性への健康に関する関心の高まりはHAPに限ったことではない。主に産婦人科医などが参画する女性心身医学会にも薬剤師の参画が増えている。
緊急避妊薬の流通の課題に関しては、宮原氏は今後の課題をどのように受け止めているのだろうか。
「緊急避妊薬に関しては初診からオンライン診療が認められたことで、祝日などでも診ていただける産婦人科医と、在庫している薬局が連携することでスムーズな対応が可能になってきました。オンライン診療ができても、そのあと薬を郵送するのでは時間が必要になってしまいます。できる限り早く服薬する必要がある緊急避妊薬では、近くの薬局が在庫をしていることが重要になります。昨年末から今年の年始にはHAP会員の薬剤師のいる7薬局の薬剤師から緊急避妊薬をお渡しすることができました。しかし、本来は、“次から避妊がかなう”ような流れをつくることが重要です。性暴力の被害の可能性を含めて、必要に応じて地域の機関につなぐ必要もある。そう考えると、地域密着の取り組みが必要で、そのためには産婦人科医だけでなく内科医を含め、薬局も生活者の相談の場となり、休日でも受診できる医療機関と連携しておく必要があると思います」(宮原氏)。
「つなげられる力というのは、リストを持っているとかそういうことだけではなく、地域の関係機関とお互いに顔が分かって、信頼関係ができていること。そういう関係をつくれていなければ、性暴力被害などが背景にある時などに生活者を守ることは難しいです。でも、そこまで踏み込んで把握し支援することができなくてはいけないわけです。ですから、HAPでは、私自身の実体験も交えて具体的にどのようにするのかを含めて伝えています」(宮原氏)
鈴木氏は、生活者に情報の提供場所を知ってもらうことも重要と考える。「どこを見れば、親身になってくれる情報にいきつくのか、生活者に知っていただけたらと思います」(鈴木氏)。
具体的にはHAPのホームページでは緊急避妊薬を在庫している薬局が分かるほか、一般社団法人 日本家族計画協会でも緊急避妊薬を処方してくれる医療機関を電話で紹介しているほか、ホームページ上で検索もできるサービスを提供している。
NPO法人HAP「緊急避妊薬の在庫があり、服薬指導ができる薬剤師がいる薬局」
http://www.hap-fw.org/ECP/index2.html
一般社団法人 日本家族計画協会「緊急避妊Q&A」
https://www.jfpa.or.jp/women/emergency.html
緊急避妊薬の薬局での販売議論では、市民団体からの署名提出や、それを受けた政治家、政府の動きが活発になる中で、当の薬局薬剤師の声が聞こえてこないという指摘はある。事実、日本薬剤師会は緊急避妊薬の薬局販売に関して、要望書などは提出しておらず、推進派とはいえない。女性薬剤師の姿が見えないのも残念だという声を聞くこともある。
しかし、声は大きくはなくても、鈴木氏のように、生活者の要望に応えるべく準備を着々と進めている薬剤師はいる。
緊急避妊薬がもしも薬局で販売できるということになれば、当然のことながら、それは販売に限らず、女性特有の健康への理解が深いこと、地域の医療機関、場合によっては警察へつなげられる技術を持っていることなどが求められる。
そこに向けて、力をつけ始めている薬局は少なくない。

【緊急避妊薬と薬剤師】研修を受けて在庫も置いた荒川区の薬剤師の話
緊急避妊薬のアクセスを高めるために薬局での販売を求める声が市民から大きくなっているのは周知の通りだ。こうした動きの中、受け皿としての期待が高まっている薬剤師側の声は必ずしも大きくはない。しかし、緊急避妊薬に限定した知識だけでなく、女性特有の健康に関する知識、地域の機関へつなげられるスキルなど、生活者の要望に応えられる力を着々とつけ始めている薬剤師は少なくない。荒川区の薬剤師・鈴木怜那氏もその一人だ。
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