「薬局の規模の大小で争っていたら人手不足の地域では回らない」
――地域に過不足なく医薬品を提供できる体制を目指して、都道府県薬剤師会では地域ごとの薬局の体制をリスト化し、公表しています。
畑澤 岩手県薬剤師会(岩手県薬)では、県薬として各地域の情報を収集しホームページで公表しました。県の医師会、歯科医師会、看護協会のホームページにもリンクを掲載していただきました。やはり、他職種の方から、「麻薬はどの薬局で受けられますか」「在宅を受けている薬局はどこですか」という質問をいただくことはありましたので、そういった質問をいただいた時に、「このリストがあります」とお答えできるようになりました。
――事務局内にも人材も限られている中で大変ではありませんでしたか。
畑澤 いえ、事務局に1人、ITに詳しい者がいますので。Googleフォームでの集計の仕方やその後のホームページへの掲載についてもその者が担当しました。告知や周知についても薬局会員についてはメールアドレスをほぼ100%把握していますのでダイレクトにメールで告知しました。また、会員外の薬局から掲載についての連絡があった場合は、県薬のホームページに非会員向けの情報登録サイトが作られていることを伝えています。
――地域薬剤師会といった組織内や、会員外の個々の薬局からの反応はいかがでしたか。日本保険薬局協会や日本チェーンドラッグストア協会からは薬剤師会がリスト化することにはネガティブな反応もありましたが。
畑澤 当地では、そういった話は聞かれませんでした。またリスト掲載作業は県薬で行ったため地域薬剤師会では手間がかかる作業はありませんでしたし、個々の薬局さんからも特に反対の意見はありませんでした。
――なぜ岩手県薬では、そういった協力的な雰囲気だったんでしょうか。もしかして、組織率が高いのでしょうか。
畑澤 組織率(県内の薬局のうち会員である薬局の比率)は現時点で88%です。おそらく全国の中でも組織率は高いと思います。組織率だけでなく、当地のように人手が不足していて広い地域で対応していこうとしたら、規模の大小で対立するようなことがあったらやっていけません。もう20年も前でしょうか、一時期、院外処方箋のFAX送信の料金などに関し他の地域で大手薬局と薬剤師会で揉め事があった記憶していますが、その当時から当地では「一緒にやりましょう」という方針でした。
今は各地域薬剤師会でもチェーン薬局の方、特に若い薬剤師の方々が役員として活躍してくれています。
――なるほど。“リスト化”というと、情報だけがやりとりされたように受け取れますが、実際はそういった長い歴史の中での地域の関係性があって実践できたものなのですね。
畑澤 そうだと思います。地域ごとの関係性があるからできることだと思います。他職種の関係団体に薬剤師会作成の薬局体制リストのリンクを貼っていただいたことも、もともと、岩手県薬と医師会、歯科医師会などとの関係性が構築されているからこそ、すぐに対応いただけたと思っています。
――GMIS(医療情報ネット)などの情報と重複しているとの指摘についてはどのようにお考えですか。
畑澤 患者によって検索する媒体も違うことから、県と薬剤師会双方に情報が掲載されていることは問題ないと考えています。また、今回のリスト化は薬局が主体となって情報を整理し、その情報を薬剤師会がまとめたことは重要な点だと思います。県民や会員ではない薬局の方にも、薬剤師会がこうした活動をしていることを知っていただく良い機会になったと思います。
「薬剤師確保検討会」立ち上げ、第8次医療計画の影響大きく
――地域への安心・安全な医薬品提供を考えると、まず一番の障壁として根幹となるマンパワー不足、薬剤師確保の問題も大きいですね。
畑澤 長期的な対応にはなりますし、これまでも取り組んできましたが、第8次医療計画で流れがよくなりました。厚労省からしっかり薬剤師の確保ということを打ち出していただけたことは大きかったです。岩手県でも薬剤師確保検討会を今年、立ち上げ、私が座長を務めています。検討会には薬剤師会のほか、病院薬剤師会、岩手医科大学薬学部、地域の県立病院を束ねている「医療局」などに参加いただき、県内の病院に勤務を希望する薬剤師が抱えている奨学金の返済を支援する方策を検討しています。来年度には予算を確保していただく流れになっています。
――薬剤師確保では、「薬局も足りない」という声もありますよね。
畑澤 予算に関わる要望をする際は、「あれもこれも」となってしまうと焦点がぼやけてしまいます。まずは病院薬剤師の確保からお願いしたいと思っています。それが形になってくれば、次は薬局薬剤師の確保を取り上げたいとも思っています。その際も、「在宅医療」への対応をキーワードにしたいと思っています。医療の関係者の中で在宅医療への対応がテーマになっています。その方向を一緒にやらせていただきたいという方向で進められればと思っています。
東日本大震災でも機能した地元薬剤師のコーディネーター役
――これまでの災害での薬剤師さんの活躍もあり、災害薬事コーディネーターも制度化されましたね。
畑澤 東日本大震災の時にも、実際に地元の薬剤師がコーディネート役として機能しました。岩手県は新幹線の通っている南北の縦の交通は利便性が高い一方で、沿岸地域に向かってはその南北の道路からそれぞれ東に走る山越えの道路、いわゆる“肋骨道路”とも言われている道を通らなければなりません。そういった地理や事情も、地元の薬剤師だからこそ理解している面があります。今、薬剤師確保を優先事項と進めていますので、制度化としての災害薬事コーディネーターまで進んでいない部分もありますが、岩手県薬が組織として県に関わっていく形で進めたいと考えています。
――災害時に組織的に動きを取るためにも県薬が関わっていく重要性は高いですよね。順番に、ということですね。
畑澤 県の職員のマンパワーにも限りがあることから、1つずつ優先事項を判断して提案していくことが重要だと思います。
地域薬剤師会との「会長協議会」で課題や好事例共有
――冒頭にリスト化、地域への医薬品提供の話もお聞きしましたが、岩手県はこれまで、矢巾町や住田町など、特区や規制改革会議などで取り上げられたこともある地域なんですよね。
畑澤 個別事例は別にして、「地域が困っている」という1つの事象だけが大きく取り上げられてしまうことがあるように思います。よく話を聞いてみると、実際はそうでもなかったりするということがあり、地域で生ずるこのような事例はいち早く県薬が把握し、直接当該担当者と会って話を聞くことが大事になる前に解決する方策と考えています。
――地域でできる対応にはどのようなものが考えられますか。
畑澤 地域全体が困ることがないように、というのはある程度地方自治体の役割でもあると思います。薬剤師会としては薬局の機能をリスト化したという実績がある中で、地方自治体と一緒に体制を考えるという次のステップに進める状況も整ってきているのではないかと思います。
岩手県は各地域でも三師会の連携が取れているところが多いので、問題があった時には各地域での関係性を基盤に解決していくことができるのではないかと思っています。それでも解決できない場合は上部団体である県薬に上げていただければ県の医師会など関係機関と相談することもできるのではないかと思います。県薬としても、各地域薬剤師会会長の方々との会長協議会を開いていますので、その場で、各地域の問題が提起されることもあります。その場合には、他の地域での取り組み事例を共有したり、課題解決を考えたりしています。
ただ都市部と違うのは、地域によっては医療機関や薬局までの距離が離れているケースがあり、電子処方箋やオンライン服薬指導なども考慮することが考えられます。その際には設備などに一定程度の投資が必要であり、地域に必要な薬局の経営継続をどのように考えるかもテーマになるのではと思っています。
一方で、今一度、薬局が届け出ている機能については薬局の役割を全うするよう、襟を正すことも必要になっていると思います。そのことは改めて地域の薬局にも、保険薬局研修会などの機会を通じて伝えています。
――僭越ではありますが、とても筋の通ったお話、ありがとうございました。
畑澤 会長職を任せられてもう17年になりますが、その中で少し心配しているのは、これからの事業運営についてです。現在、若い薬剤師の方々からもいろいろな意見が出ます。時折、過去の流れなどを知らずに意見が出されることもあり、そういった場合には議論がおかしな流れにならないよう軌道修正をしなければなりません。私の意見が正しいかどうかというよりも、向かうべき方向があるならば、時にはしっかり導くことも必要だと思っています。そして、過去の歴史やその経緯などは後輩たちにしっかり伝えておかなければならないと考えています。向かうべき方向性を示すためには「経験値」と「情報の共有」が必須であると思います。
――ありがとうございました。