薬剤師は“不妊治療”はできなくても、その“手前”で貢献できる/ もりもの薬箱(東京都港区)運営の森勇人氏

薬剤師は“不妊治療”はできなくても、その“手前”で貢献できる/ もりもの薬箱(東京都港区)運営の森勇人氏

菅内閣が不妊治療を保険適用とする方針を示すなど、不妊に悩む人をどう支援するかは社会的な課題となっている。こうした中、東京都港区の「もりもの薬箱」を運営する森勇人氏(薬剤師)は、「不妊治療は医師の領域だが、薬剤師はその手前で役に立てることが多い」と話す。同店では、膣内射精が難しい人や早漏に悩む人に向けた「MEN’S TRAINING CUP」(TENGAヘルスケア)や、男性ホルモン軟膏剤「トノス」(第1類薬)、陰萎改善薬「ストルピン」(要指導薬)を取り扱う。「恥ずかしいこととして語られづらい話題であるが、それだけに相談場所を求めている人も一定数いる」(森氏)。森氏の取り組みは薬局・ドラッグストアにとっても参考になるのではないか。


お客さまの喜びの声にやりがい

 性の悩みを得意領域として掲げる「もりもの薬箱」。リアル店舗での予約相談のほか、より広く相談に乗るために、ネット販売やオンライン相談を組み合わせている。開局から現在までの約1年半でオンライン・リアルを含め数百人の相談にあたってきた。

 射精が原因で不妊に悩む人の2人に1人は遅漏が原因とも指摘されている。また、早漏が原因でセックスが楽しめない人もいる。

 セックスしても妊娠までの過程で何らかの障害がある不妊というよりも、それ以前のセックスに問題を抱える人の役に立つ“ツール”は実は薬局には多い。

 同店が扱う「MEN’S TRAINING CUP(メンズトレーニングカップ)」(TENGAヘルスケア)や男性ホルモン軟膏剤「トノス」(第1類医薬品、大東製薬工業)、陰萎改善薬「ストルピン」(要指導医薬品、松田薬品工業)などは、まさにそういったカテゴリーのものだ。雑貨のほか、要指導医薬品や第1類医薬品にも、性の悩みに対応する製品はある。

 同店ではブログやYoutubeなどでこうした製品や基礎知識などを紹介。それを読んだ人から相談が入るケースも少なくないという。最初はオンラインで接点を持ちながらも、最終的には森氏に信頼感を寄せて、遠方から来店してもらえることもあるという。

 男性からの相談も多いが、中にはパートナーに悩みを抱えた女性からの相談もある。そういった時には、森氏の男性目線から、「環境を変えてみたらどうか」といったアドバイスも加えながら親身に相談に乗る。中には1か月以上のLINEや電話相談の継続の結果、「セックスができるようになりました」と喜びの声をもらうこともあるという。

 「不妊治療の手前で役に立てるという社会的意義ももちろんですが、セックスはやはり生活の中の活力や元気にもつながるので、お客さまから喜びの声をいただく時に、やりがいを感じます」(森氏)

 森氏自身も、過去に性に悩みがあり、なかば“詐欺”のような高額商品に手を出してしまった経験もある。

 「こうした被害に遭う人が少しでも減るよう、正しい知識を持った薬剤師として、相談応需していきたいと思っています。性に関する話題は恥ずかしいこととして、語られづらい話題ですが、それだけに悩んでいる人は少なくなく、相談の場所を求めていると感じます」(同)

専門家の相談が有料になる世界へ

 森氏は、昭和薬科大学薬学部を卒業後、中小規模の薬局に1年間勤務。近隣の診療所の経営に左右される薬局の将来性に漫然とした不安感を抱いていた。

 もともと独立志向はあったため、自分でドラッグストアを運営することを決意。

 「処方箋に頼らなかった場合、薬剤師は何ができるんだろうと考えました。その一つはやはりOTC医薬品だと思いました。そしていろいろ調べていると、要指導医薬品や第1類医薬品の中に、性の悩みにお応えできる商品が意外にあるということに思い当たりました」(森氏)

 こうして性の悩みに焦点を当て、オンライン相談とネット販売を組み合わせる「もりもの薬箱」の運営にいきついた。現在では“日本初のセックス薬剤師 もっくん”を名乗り、活動を展開している。

 「なんか面白そうな人だなと思ってもらえることも大切なので、SNSでみんなはどんな悩みを性に抱いているか、常にアンテナを張ってチェックしています。そして、それをネタにできる限り論文を探して、論拠のある情報をブログなどで発信しています。“もっくん”という自分のブランディングが重要な戦略ですね。ですから知識同様に人間力を高められる努力も必要だと思っています」(同)

 コロナ禍で処方箋枚数に薬局経営が大きく左右されることに危機感を抱いた薬局関係者は少なくないのではないか。また、電子処方箋などの施策によって、門前薬局における立地という価値は低下する可能性もある。こうした環境変化の中にあっては、森氏のように、ある得意分野からブランディング、マーケティングをすることも薬局運営のアイデアの一つになるのではないだろうか。同店が導入しているように、繁忙時間以外で相談を受け付ける予約制も案の一つだ。

 今後、森氏はどのようなことを目指しているのか。

 「専門家の相談が有料になる世界を目指しています。1カ月間継続した相談は、労力をかけすぎるという意見もあるかもしれません。しかし、私にとっては、有料にできる相談能力を付けるための投資なのです。今はまだ有料にできるほどのスキルが付いていないので」(同)

 森氏のような“野望”を抱く薬剤師が増えることは、ほんの少しずつ、薬局業界に影響を及ぼしていくかもしれない。

「もりもの薬箱」のHP
https://morimo-no-kusuribako.jp/

森勇人氏。平成6年生まれの26歳。昭和薬科大学 薬学部 卒業後、中小規模の薬局で1年勤務したのち、平成31年に東京都港区でドラッグストア「もりもの薬箱」を運営。「セックス薬剤師 もっくん」として、「勃起不全・早漏・膣内射精障害」に悩む人の相談に乗っている。YouTubeやSNSで積極的に情報を発信している

森氏自身をブランディングしている「もりもの薬箱」ホームページ

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