【2020.09.01配信】
「指導薬剤師の資格が剥奪されてしまうらしい」。
近畿地方で薬局を経営する薬剤師のツイートが話題を集めた。「いいね」は161を集め、51のリツート、コメント(返信)は21集まった。インプレッション(見られた回数)は2万8000回を超えた。
趣旨は「実習の実績がないから資格更新は難しいというが、むしろ、どうやったら実習の学生を受け入れさせてもらえるのか教えてほしい」というものだ。多くの反応は、つぶやいた薬剤師だけではなく、多くの認定実務実習指導薬剤師が同じような不安や不満を抱いていることの表れだ。薬学教育6年制が導入された2006年から早14年。何か問題点があるのであれば、点検、改善を試みる必要があるのではないだろうか。つぶやいた薬剤師、稲田伸一氏に取材した。
取材を受けてくれた稲田伸一氏
「市薬の独自基準を満たしていない」
取材を基に時系列で、ことの経緯を追う。
認定実務実習指導薬剤師の資格は座学とワークショップを経て、取得する。6年に1度の更新制の資格だ。
稲田伸一氏は昨年、都道府県薬剤師会で行われた指導薬剤師更新の講習会に出向いたところ、更新には学生実習の受入実績が必要であることを知る。
実績がない場合は実績がない理由を添えて、必要書類を提出するよう言われる。稲田氏にすれば、「なぜ実習が自分の薬局には割り振られないのか」は「逆に聞きたいところ」だった。
そこで、都道府県薬剤師会に「なぜ配分がないか」を確認する。都道府県薬剤師会の回答は、「稲田氏の所属する市薬剤師会から稲田氏の名前は指導薬剤師のリストとして上がってきていない」というものだった。
もちろん稲田氏は、学生の受け入れ可能である旨を市薬剤師会に伝えている。不思議に思った稲田氏は、都道府県薬剤師会から市薬剤師会への確認を依頼する。
市薬剤師会の回答は、「市薬の理事会での承認が下りていないため、学生の配分がない」というものだった。
そこで稲田氏が初めて知ったことは、これまで調整機構が学生の割り振りをするものと聞いていたが、実質的には調整機構から依頼された市薬が学生の実習割り振りの裁量を持っているということだった。
そこで、今度は、市薬剤師会に理事会で承認が下りない理由を確認する。市薬剤師会の回答は、「独自に設定している条件を満たしていない」というもの。
条件とは下記の6つだった。
1、市薬剤師会の会員であること
2、開設者の許可を得られること
3、市薬剤師会が実施する特定企業の電子お薬手帳カードに参画している
4、責任をもって学生を受け入れられるか
5、市薬剤師会が主催する研修会に積極的に参加していること
6、市薬剤師連盟に加盟していること
稲田氏はおおむね条件を満たしているが、心当たりがあるのは「3」の電子お薬手帳への参画をしていないことだった。
今後は、電子お薬手帳に参画をし、市薬に要望を続けることで学生の実習を受け入れることが可能になるかもしれない。
指導薬剤師にはすでに厳しい要件がある。市薬独自基準は必要?
問題点は大きく2つある。
1つは、実習の実績がないということで、認定実務実習指導薬剤師の資格が剥奪されてしまうということ。ここには、ある程度、寛容な対応が必要だろう。
もう1つは、市薬の学生実習の受け入れ先の基準が標準化されていないということだ。
本来は学生の実習に責任のある大学、またそれを請け負う調整機構が責任をもって実習受け入れ先の条件を標準化するべきだ。それが本来は認定実務実習指導薬剤師の資格要件ではないか。
そもそも認定薬剤師の研修を受ける時点で、極めて厳しい要件が求められている。長くなるが、詳細を以下に記す(日本薬剤師研修センターの「認定実務実習指導薬剤師認定制度実施要領」より抜粋)。
■認定の資格要件
(1)認定実務実習指導薬剤師となるための基本的素養等
認定実務実習指導薬剤師は、次の素養等を有する者とする。
①十分な実務経験を有し薬剤師としての本来の業務を日常的に行っていること。
②薬剤師を志す学生に対する実習指導に情熱を持っていること。
③常日頃から職能の向上に努めていること。
④実習の成果について適正な評価ができること。
⑤認定取得後も継続的かつ日常的に薬剤師実務に従事する見込みがあること。
⑥実務実習生の受入期間中、恒常的に指導することができること。
■認定要件
次の認定実務実習指導薬剤師養成研修をすべて修了した薬剤師であること。
①ワークショップ形式の研修
②講習会形式の研修
講座① 薬剤師の理念
講座② 薬学教育モデル・コアカリキュラム及び薬学実務実習に関するガイドラ イン
講座③ 学生の指導(法的問題)、学生の指導(薬局関係)及び学生の指導(病院関係)
③修了証又は受講証の有効期間
■勤務要件
認定申請の際、直近1年以上継続的に病院又は薬局において薬剤師実務に従事(勤務時間数が1週間当たり3日以上かつ20時間以上の場合に限る。)していること。
■認定実務実習指導薬剤師養成研修の受講資格
認定実務実習指導薬剤師養成研修の受講資格は次のとおりとする。なお、以下の「薬剤師実務経験」は、i)病院又は薬局におけるもので、勤務時間数が1週間当たり3日以上かつ20時間以上の場合に限るものとし、かつ、ii)大学院在学中のアルバイト等従たる業務とし従事したものは含まないものとする。
①実務経験
薬剤師実務経験が5年以上あること。
なお、6年制の薬学教育を受けて薬剤師となった者は、薬剤師実務経験が3年以上
②勤務状況
薬剤師実務経験が、受講する時点において継続して3年以上であること、かつ、現に病院又は薬局に勤務(勤務時間数が1週間当たり3日以上かつ20時間以上の場合に限る。)している者であること。
③勤務先等の望ましい条件
薬局の場合
(ア)薬学実務実習に関するガイドライン(平成27年2月10日薬学実務実習に関する連絡会議)が求める地域保健、医療、福祉等に関する業務を積極的に行っている ことが望ましい。
(イ)「健康サポート薬局」の基準と同等の体制を有していることが望ましい。
(ウ)改訂・薬学教育モデル・コアカリキュラムに示された「代表的な疾患(がん、 高血圧症、糖尿病、心疾患、脳血管障害、精神神経疾患、免疫・アレルギー疾患 及び感染症をいう。)」に関する症例を実習できる体制を整備していることが望ましい。
(エ)薬剤師賠償責任保険に加入していることが望ましい。
また、公益社団法人日本薬剤師会生涯学習支援システム(JPALS)、一般社団法人日本病院薬剤師会生涯研修認定薬剤師、公益財団法人日本薬剤師研修センター研修認定薬剤師等の生涯学習システムに参加又は認定を取得している薬剤師であることが望ましい。
以上である。
研修を受ける時点で、上記のような明確な基準を設けているのであれば、この基準を満たし、研修を終え認定された薬剤師に対しては広く実習受け入れの機会を提供すべきではないだろうか。
これ以上に市薬が独自基準を設け、受け入れ薬局をふるいにかける必要はあるのだろうか。まずは、じゅんぐりに実習を受け入れさせ、事後に問題があった場合には、ふるいにかけていく手法もある。受け入れさせる前の段階で教育に意欲のある指導薬剤師の機会を奪うことは適切ではない。
市薬も、地域への健康増進事業などを手掛けており、実習の割り振りに専念できる環境でもないため、そういった事情で均等な割り振りが困難なのであれば、調整機構や大学が力を合わせて、実習の割り振りの仕組みを構築すべき局面にきているのではないだろうか。
稲田氏は認定実務実習指導薬剤師養成のためのワークショップで表彰もされている。しかし、実習受け入れには不適当なのか…
実習の受け入れ先は固定していないか?
稲田氏がこの問題をツイートした理由は、何も自身の資格を心配してだけのことではない。自分の薬局が実習の実績をつくっていけなければ、そこで働いている従業員も資格を剥奪されかねないからだ。従業員のキャリアアップを支援する体制をつくってあげたいというのは経営者であれば当然の気持ちだろう。
また、「自分だけではなく、全国に同じ思いを抱いている薬剤師がいるのではないか」という思いがある。ツイートへの反応を見る限り、それは間違いのない事実だろう。
特に開局から歴史の浅い薬局や、若い薬局経営者の間では「実習の受け入れ先が固定化されているのではないか」という疑念の声も多く、自分たちの薬局が活躍する場が限定的になってしまっているのではないかという不安の声も聞かれる。
もしかしたら、実習に経験のある薬剤師は、「実習のシステムを知らなすぎる」と言うかもしれない。そうであるなら、実績のない薬剤師にとっても分かりやすいシステムを目指すべきではないか。
こうした声に、機敏に反応していけないとしたら、何も実習の問題だけではなく、薬剤師会の将来的な発展にも影を落とすのではないだろうか。
編集部では、今回の受け入れを期待している薬局側の意見だけでなく、市薬や調整機構にもこの問題に対する現状を追加取材していきたい。