総説の標題は、「新型コロナウイルスワクチン接種を通して考える薬剤師の職能」。COVID-19ワチン接種を通して、ワクチン接種や公衆衛生に対する薬剤師の職能についての考えをまとめたもの。
まず国内のワクチン接種体制整備について次のように記述した。
“わが国のCOVID-19ワクチン接種の実施体制整備については、2020年12月に予防接種法附則第七条の特例規定に基づき「臨時接種」と位置づけられ、COVID-19ワクチン接種は予防接種法に基づいて行われる定期接種(4種混合、麻しん、風しんの予防接種など)と同様に努力義務の扱いとなった。その実施は、厚生労働大臣が指示の下、各自治体が主体的に実施し、ワクチンの費用は国が全額負担することになった。更にCOVID-19ワクチンの供給及び接種の実施体制を急速且つ円滑に推進する目的で、特命担当大臣として河野太郎国務大臣を任命した。年が明け2021年1月に、厚生労働省はワクチン接種の実施体制構築の基本的な考え方やワクチン供給体制、接種対象者の優先順位、接種会場などの運営体制整備の標準的な進め方の指針として「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種実施に関する手引き」を提示し自治体及び各医療従事者職能団体への協力を依頼した。
「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種実施に関する手引き」には、集団接種会場で行う予防接種については、自治体が直接運営し、地元の医師会や薬剤師会などに協力を求め多職種が協力してワクチン接種が円滑に実施していく体制の確立を求めている。
具体的には、予診・接種に関わる具体的な医療従事者として予診担当医師1名、接種担当医師又は看護師1名、ワクチン薬液充填及び接種補助担当看護師又は薬剤師1名を1チームとすることを原則としている。日本薬剤師会や日本保険薬局協会は、各地域の薬剤師会の薬剤師に対して、集団接種会場においてワクチン薬液充填作業の他、ワクチンの管理や予診の補助、会場の衛生管理(消毒や換気)等について積極的参加を依頼した。”
その上で当初は接種が遅れた状況を振り返った。
“2021年2月にワクチンが薬事承認されたが、3月になっても医療従事者への優先接種がなかなか進まず、高齢者接種も当初の計画見込みよりも遅れた。その原因はワクチンの供給遅れが原因だった。2021年3月末の時点でワクチンを1回接種した人は約88万人(国民の0.7%)、必要回数接種した人は約12万人(日本国民の0.1%)という状況であった。
2021年4月に入りワクチンが安定的に調達できるようになったことで、国民一人ひとりの予防効果のみならず、社会としての集団免疫獲得を目指し1日100万回接種の目標を掲げ、4月中旬から高齢者接種が全国で開始された。更にこの頃からワクチン接種のスピードアップを実現するための課題として、「ワクチン接種の打ち手」の医療従事者の確保に焦点が移った。”
薬剤師が「ワクチン接種の打ち手」として議論に挙がったことを説明。
“本邦において、高齢者接種を1日でも早く完了させるには律速段階の1つである「ワクチン接種の打ち手」の医療従事者の確保を目指したが、集団接種会場において医師及び看護師の「ワクチン接種の打ち手」の協力者が不足していることが課題である自治体があった。そのような状況において、医行為の特例として歯科医師を「ワクチン接種の打ち手」とすることを4月26日に国が認めた。同じ頃にCOVID-19変異株を含めたCOVID-19新規感染者数の急増を受け、特例で承認した歯科医師以外の医療従事者にも「ワクチン接種の打ち手」を広げようとする動きが関西地区の知事や自治体の首長で構成する「関西広域連合」から起こり、その要望が「新型コロナウイルスの感染急拡大を受けた緊急提言」として政府へ提出された。その内容は「ワクチン接種の打ち手」として薬剤師にも特例を認めようとする要望である。”
状況を受け、渡部氏は八重樫医師と署名活動を展開した。
“こうした「ワクチン接種の打ち手」の不足の状況下、亀田総合病院総合内科部長の八重樫牧人医師と渡部一宏(以下、著者)は、オンライン署名サイトで「薬剤師さんが新型コロナワクチンを接種できるようにしよう!」というキャンペーン活動を実施した。ワクチン接種は、医師法の「医行為」に当たるため薬剤師が行うことは現在の本邦では認められていない。具体的な請願内容は、薬剤師が筋肉注射のトレーニングを受けることを条件に、歯科医師同様に特例によって薬剤師を「ワクチン接種の打ち手」として認めてもらうことを趣意としたものだ。
八重樫医師は、本邦でのワクチンの集団接種が始まったときから「ワクチン接種の打ち手」の不足がボトルネックとなり、本邦での接種が遅れることを予想していた。その予想は的中し、2021年3月になっても他の先進国と比べて日本の接種率は低いのが現状の中、従来の法の枠組みにとらわれず、日本で31万人いる薬剤師(うち18万人の薬局薬剤師)の職能を十分活かし、このCOVID-19を退治する必要があると考えていた。米国での臨床経験がある八重樫医師は、米国のチーム医療の一員として活躍する薬剤師のポテンシャルの高さを目の当たりにし、米国やカナダなど世界の26カ国・地域(2020年時点)で、薬剤師が薬局にてワクチン接種を担っていることを承知していた。米国の薬剤師にできて、日本の薬剤師ができないことはない、そういった八重樫医師の思いに著者は大変感銘を受け、八重樫医師と共にこのキャンペーン活動を行うことになった。
2021年4月23日から「薬剤師さんが新型コロナワクチンを接種できるようにしよう!」のオンライン署名サイトを立ち上げ、5月の連休時にはあっという間に全国の医療従事者や一般の方から2万人以上の署名を頂き、5月12日に厚生労働省でこの活動に関する記者会見を八重樫医師と著者とで実施した。その後、5月17日にワクチン接種を担当する河野太郎国務大臣に2万4千人の署名を提出とともに今回の内容に関して会談する機会を得た。
その後、政府内で薬剤師によるワクチン接種を検討する動きが加速し、河野国務大臣は5月18日の閣議後会見で、医師や看護師、歯科医師で打ち手を確保できない場合に薬剤師を接種の担い手に加えることを検討対象とする考えを示した。これを受け、日本薬剤師会も薬剤師向けに筋肉内注射の手技訓練など研修実施に向けた準備を進めると表明し、更には慎重だった日本医師会も限定的に容認する考えを示した。4月23日に開始した我々のキャンペーンが社会的に大きなムーブメントを起こすきっかけになり、わずか一ヶ月で「ワクチン接種の打ち手」に薬剤師を特例として認める風向きが確実に変わりつつあったことを実感した。”
検討会の議論も詳細に記述している。
“2021年5月31日に厚生労働省は、「新型コロナウイルス感染症のワクチン接種を推進するための各医療関係職種の専門性を踏まえた対応の在り方等に関する検討会」を開催し、医師や看護師以外の医療従事者の「ワクチン接種の打ち手」に関する検討が行われた。COVID-19ワクチン接種の実施体制を更に迅速かつ円滑に進める観点から、各医療関係職種の専門性を踏まえた効果的かつ効率的な役割分担の在り方とワクチン接種に関して各医療関係職種に当面期待される役割を整理する目的で検討が行われた。
検討の結果、4月に特例で認めた歯科医師に続き、臨床検査技師と救急救命士についても今回特例で「ワクチン接種の打ち手」に加えることを決めた。これらの職種は、日常業務で人体への注射や静脈からの採血を担っていることから可能との判断であった。一方、薬剤師については、日頃から患者に対する服薬指導など薬剤師の専門性を考慮すると、従来から実施しているワクチン薬剤調製に加え、予診のサポート(問診、予診票の確認、被接種者の薬剤服用歴の確認や副反応等に関する説明)や接種後の経過観察など、現行法上実施可能な業務で専門性を生かして貢献してもらうことが安全で迅速なワクチン接種の実施体制を構築していくための効率化につながるとした。つまり、注射を打つことや採血の経験がないため、現時点で「ワクチン接種の打ち手」とすることはできないとの判断だ。ただ、今回の検討会の結論では、「接種の進捗状況を見つつ、必要に応じて検討する」と薬剤師による「ワクチン接種の打ち手」は完全に否定されなかった。
2021年6月に、日本薬剤師会や日本病院薬剤師会からは、国からの要請があれば薬剤師による「ワクチン接種の打ち手」の体制が実現できるように、早急に薬剤師向けの研修マニュアルを策定し、研修を実施する準備を急ぐ考えを示した。”
昭和薬科大学では職域接種も行った。
“昭和薬科大学は、2019年に地元の町田市と「健康的に暮らし続けるまちづくりの推進に関する協定」を、また町田市薬剤師会と「地域連携及び教育連携に関する協定」を締結している。そういったことからCOVID-19ワクチン接種に関する協力依頼が自治体及び薬剤師会からあった。1つは、町田市からの協力依頼で、COVID-19ワクチン接種の効果や副反応などの注意点や日常生活での感染症予防について理解を深めていただく為に、市民向けの「新型コロナウイルス感染症予防啓発動画」の作成協力依頼があり、本学教授陣がその動画の企画・出演・監修にあたった。作成された動画は、町田市での集団接種会場のモニター及びホームページから配信された。
また、町田市薬剤師会からの協力依頼で、町田市薬剤師会においても町田市の主催する集団接種会場に薬局薬剤師を派遣するために研修会を開催することになり、その際には本学臨床薬学教育研究センター臨床系教員に講師依頼があり、注射薬調製に関する実技研修の協力を行った。
更に、本学でもCOVID-19ワクチン接種の職域接種(大学拠点接種職)を実施した。全国的に単科薬科大学が単独での運営実施はまれであり、本学創立91年の歴史で大学が主催実施する初の医療関連事業となった。実施運営計画及び準備から当日のワクチン接種業務(予診・問診、接種、副反応等の観察、ワクチン薬液充填及び接種補助)に至るまで、学校医1人と委託の看護師数人のほかは、昭和薬科大学職域接種運営実施チームメンバー(医師、薬剤師、歯科医師の臨床系教員ほか多数の教員及び、事務職員)で実施した。これは、予防接種の全体の流れを実際に臨床系教員が経験することで、近い将来薬剤師による集団接種会場での予防接種事業を見据えた時の研修シミュレーションの目的でもあった。本学では当初2021年7月からの実施を予定していたが、職域接種分のワクチンの需要供給の件もあり、実施は同年9月以降になった。本学では、学生・大学院生、職員及び大学構内で様々な業務に従事する委託業者の希望者を対象とし、第1回目接種日程は2021年9月2日から9月4日まで、第2回目接種日程は2021年9月30日から10月2日までの計6日間で全日程の接種業務が滞りなく完了できた。”
最後にこれからの薬剤師の職能とその教育研修のあり方について述べている。
“ワクチン接種の実施体制を通じ、ワクチンの接種や公衆衛生に対する薬剤師の職能についての著者の考えを述べたい。
まず言えることは、本邦におけるCOVID-19ワクチン接種の実施体制業務を通じ、国民社会から顔の見える薬剤師へ向けた動きが更に高まったと考える。これからの薬剤師職能については、対物業務から対人業務へ、チーム医療や地域医療における新たな活動の取組み、特にかかりつけ薬剤師制度や健康サポート薬局薬剤師のあり方について等、ここ数年の薬剤師の職能はかなり激変している。一方で、薬局は、処方箋から薬を調剤してもらう場所であり、薬剤師は医師の処方箋の指示通り、薬を集めてくれる仕事をする人と世間から捉えられている事実もまだまだある。もしかしたら、未だにそう考えている薬剤師自身も存在している。しかし、今回の集団接種会場で薬剤師のワクチン薬液充填作業等で協力したことに対しては、共に集団接種会場で活動した医師や看護師だけでなく、被接種者である国民からも薬剤師の貢献に対して感謝されていた。国難とも言うべき未曽有のCOVID-19パンデミックの中で、今回の薬剤師の協力は、薬剤師が保険薬局業務のみならず公衆衛生においても地域の中で顔の見える存在につながったといっても過言ではない。薬剤師法 第一条に記されているように、「公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする。」ということが多くの薬局薬剤師により実践されたのだ。現在実施がはじまったCOVID-19ワクチンのブースター接種(3回目接種)の際にも、集団会場や職域接種会場で多くの薬剤師が積極的な協力を行っていくべきである。
そして、薬剤師を「ワクチン接種の打ち手」として認めるか否かの議論が再び挙がったときには、国が薬剤師を「ワクチン接種の打ち手」として相応しい職種として認め、国民社会が異議なく受け入れてくれる準備を今から進めておく必要がある。
5月31日の検討会で「ワクチン接種の打ち手」として歯科医師、臨床検査技師と救急救命士が容認され、薬剤師が認められなかったのは、一言でいうと「日常の薬剤師業務で注射針を扱い人間の患者の体に触れ注射や採血を行う経験がない」ということだ。ワクチン接種のための筋肉内注射については、医行為に該当し、医師の資格を有さないものが反復継続する意思をもって行うこと(業として行うこと)は、基本的には医師法第17条に違反する。看護師は、保健師助産師看護師法の解釈上、医師の指示があればワクチン接種等の一定の「医行為」を行えるとされている。今回特例的に認められた歯科医師、臨床検査技師、救急救命士は、どういった理由だったのか?、この3つの職種の養成課程(つまり大学及び専門学校での教育課程)において注射や採血に関する教育(歯科医師であれば口腔内への注射、臨床検査技師であれば採血、救急救命士であれば救命救急処置と輸液やエピネフリン注等)を受けており、また国家資格取得後に実際の医療現場でそれぞれの職種の職能に関する必要な注射や採血等を実施している。ただし、今回特例的に認められた3つの職種がCOVID-19ワクチン接種接種のための筋肉内注射の手技を行う場合は、(1)有事下の特例であり、集団接種会場で医師の適切な関与があること、(2)筋肉内注射の手技の研修を受けていること、(3)被接種者の同意が得られること、いわゆる違法性阻却が前提条件となった。
以上のことから、薬剤師が「ワクチン接種の打ち手」として認められるためには、2021年6月に、日本薬剤師会や日本病院薬剤師会が表明したように既卒薬剤師に対して「ワクチン接種の打ち手」に必要な知識や技能を身につけるための研修教育に早急に取り組まねばならない。八重樫医師をはじめ多くの医師からも筋肉内注射は、血管や気管に管を挿管する手技ではないので、基本的な解剖学と注射手技を学べばそれほど難易度が高いわけではない。
また、薬剤師を養成する教育課程、つまり薬学教育のなかでも「ワクチン接種の打ち手」に関する教育の実績を積み重ねていくことも大事である。薬学教育モデル・コアカリキュラムには「皮下注射、筋肉内注射、静脈内注射・点滴等の基本的な手技を説明できる」との一文が盛り込まれている。これは将来的に薬剤師が注射や採血をすることがあり得るという希望も込めてその教育を実施しておく必要があるとのことで明文化されたようだ。本学では、2016年度から4年生の臨床前事前実習のなかで注射手技の講義や実習を実施し、シミュレーターを使った静注や筋注を薬学生に体験してもらっている。
そのほか、ワクチン接種に関する研修だけでなく、バイタルサインフィジカルアセスメントやBLS(basic life support:一次救命処置)を学ぶことも必要になると指摘している。
■投稿全文は以下より読める。
http://id.nii.ac.jp/1228/00000129/
【薬剤師によるワクチン接種研修の経緯と展望】昭和薬科大学・渡部一宏教授が総説を投稿/「国民が薬剤師をワクチン接種の打ち手として異議なく受け入れてくれる準備を」
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