【確認】世界アンチ・ドーピング「禁止表」更新/昨年もなくなっていない違反事例、各薬局・各薬剤師の取り組みが職能認知の拡大に

【確認】世界アンチ・ドーピング「禁止表」更新/昨年もなくなっていない違反事例、各薬局・各薬剤師の取り組みが職能認知の拡大に

【2023.02.13配信】今年も世界アンチ・ドーピング規程「禁止表国際基準」が更新された。毎年10月に更新され、1月から適用開始となるもの。昨年12月には日本アンチ・ドーピング機構(JADA)のHPでも公開されており、ダウンロードが可能だ。これを機に、日本薬剤師会のアンチ・ドーピング委員会でも活躍している原博氏(東京都薬剤師会相談役)に、薬局薬剤師がアンチ・ドーピング活動に活かせる資料について寄稿をいただいた。アンチ・ドーピング違反例は昨年もなくなっておらず、店頭の薬剤師の方に参考にしていただきたい。各店・各薬剤師の取り組みが、“薬剤師がアスリートのアンチ・ドーピングの相談に乗れる”ことの認知拡大につながるだろう。


 JADAのホームページの「2022年度アンチ・ドーピング規則違反一覧」によると、陸上競技(19-ノルアンドロステロン)やボディビルディング(トレンボロン代謝物)などで違反事例が確認されおり、依然として取り組みの必要性が指摘できる。
【以下、寄稿】

「薬剤師のアンチ・ドーピング活動に役立つ資料について」東京都薬剤師会相談役・原博

 皆様にはドーピング問題について、どのくらい興味をお持ちでしょうか。ドーピングを防ぐためにわが国の薬剤師はさまざまな活動を行っていますのでその概要をお知らせします。まず、薬剤師が利用する3つの資料について説明します。

1. 禁止表

 多くの薬剤師は、単に「禁止表」と呼んでいますが、正式には世界アンチ・ドーピング規程「禁止表国際基準」です。原則として毎年1月1日に更新されます。日本アンチ・ドーピング機構(JADA)のホームページからダウンロードできますので、一度開いてみてください。配布される冊子はA5サイズ35ページ余りで英文と和文で記載されており、その年に禁止される物質や方法がリストアップされています。
 表1に示されているように、大きく分けて常に禁止される物質・方法と競技会(時)のみに禁止される物質・方法に分かれています。

 皆様には見ただけでその禁止物質の分類はお分かりだと思いますが、タイトルだけでは理解しにくい用語を説明します。

(1)競技会時とは?

 競技者が参加する予定の協議会の前日の真夜中(午後11時59分)に開始され、当該競技会および競技会に関係する検体採取手続きの終了までの期間とされています。

(2)特定物質/特定方法について

 全ての禁止物質は、禁止表で明示されている場合を除き、「特定物質」とされています。禁止方法については「特定方法」と具体的に明示されている場合を除き、特定方法ではないものです。特定物質/特定方法は、競技力向上以外の目的のためにアスリートにより接種または使用される可能性が高いということであり、決して他のドーピング物質と比べて重要性が低い、危険性が低いと判断されるべきではありません。一般的には、「特定物質」については、医薬品として広く使用されているために不注意でアンチ・ドーピング規則違反を起こしやすい物質、あるいはドーピング目的として乱用されることが少ないと思われる物質を特定物質として定めています。しばしばドーピング検査で陽性となるエフェドリンが「特定物質」の一例です。特定物質でのドーピング違反の場合、競技能力向上を目的としたものでないことを競技者が証明できれば、制裁措置が軽くなることがあります。

(3)量的閾値について

 2018年のレスリング全日本選抜選手権においてドーピング検査でアセタゾラミドが検出され、暫定的に資格停止処分を科されていた選手が、翌年にその処分が取り消された事件がありました。その選手が大会前に医師の診断の下で摂取した胃腸薬:エカベトNa顆粒66.7%「サワイ」から、本来含まれていない禁止薬物のアセタゾラミドが検出されたためだと報道されました。その後、沢井製薬は、インドの原薬製造会社から輸入会社を通じて沢井製薬に納品されたエカベトの原薬の一部の中にごく微量のアセタゾラミドが混入していることが確認されたと発表し、使用中止の呼びかけと自主回収を行いました。医薬品としての製剤試験では不適とならない極めて僅かな量であっても、アンチ・ドーピング規則違反となりえるのです。それはアセタゾラミドには量的閾値が存在しないからである。どんなに微量でも検出されると陽性とされ、アンチ・ドーピング違反になりうるのです。量的閾値が定められている数少ない禁止物質のひとつにエフェドリン(尿中濃度10μg/mL)があります。分析技術の進歩に伴い、それまでには検出できなかった極微量な禁止物質の存在が判明し、過去のオリンピックでの検体の再検査で陽性となりメダル剥奪をされた選手もいます。

(4)監視物質

 禁止表には、禁止物質ではないが、監視物質も記載されています。2016年1月の全豪オープンテニス時の検査でロシアのシャラポア選手が使用していたメルドニウムによりドーピング検査で陽性となったことを覚えておられるでしょうか。メルドニウムは前年2015年12月までは禁止物質ではなく監視プログラムに記載されていたのです。シャラポワ選手の「禁止物資になったことを知らなかった」という訴えが一部認められ、処分期間が短くなりましたが、暫定的資格停止処分中に開催されたリオデジャネイロオリンピックに彼女は出場することができませんでした。ちなみに、毎年10月には、次年度の禁止表が公開されていますので、プロのシャラポア選手が不注意であったことは否めません。監視物質は、スポーツにおける濫用のパターンを把握するために監視することが望まれる物質について監視プログラムに明記されている物質です。すなわち、他の禁止物質と同様に常に検査の対象になっています。濫用の頻度が高く、競技能力を向上されると判断されると禁止物質になる可能性があるのです。2023年の監視プログラムにもカフェインやニコチンなどが含まれています。

2. 薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブックについて

 本書は日本薬剤師会と日本スポーツ協会の協力により毎年編纂されます。上述の禁止表は禁止物質や禁止方法だけを載せているのに比べ、このガイドブックはそれらの他に使用可能薬(白いページ)も掲載しており、利便性の高いものです。OTC薬を商品名で調べることができます。掲載するOTC薬に含まれる全化合物について、毎年日本薬剤師会 アンチ・ドーピング委員会のメンバーが次項で紹介するグローバルDROを用いてダブルチェックで検索し、「禁止されない」ことを確認しています。また、禁止表の部(黄色のページ)では、項目毎に禁止物質の【禁止される理由】やQ & A も載せられており、アスリートへの説明の時に役に立ちます。さらに、本書には医薬品が禁止物質であるかどうか確認する実施方法やそれでもわからない時の問い合わせの手順も載っています。

3. グローバルDRO(The Global Drug Reference Online)

 グローバルDROは、世界アンチ・ドーピング機構の最新の国際基準禁止表に基づいて、医薬品の使用可否についてネットで確認することができるシステムです。米国、カナダ、英国、スイス、日本、オーストラリア、およびニュージーランドで購入できる薬品のブランド情報のみ提供しています。 医薬品を一般名、商品名、化合物名で検索できます。検索の結果、「禁止されない」と出れば、使用可能です。日本語名で検索して出ない場合でも、英語名では出る場合があります。複数の成分が含まれているOTC薬や漢方薬の名前で検索することはできません。検索結果、一致する化合物がない場合でも、検索した成分が禁止されていないということではありません。禁止表に載っていないことやガイドブックで使用可能であることを確認しなくてはなりません。どうしてもわからぬときは、都道府県の薬剤師会に問い合わせることができます。
 資料の紹介に続いて、いくつか関係することについて述べます。

4. 化学構造式は化合物の指紋である

 禁止表には禁止物質の名前が並んでいます。ところが、それは医薬品名、商品名、化合物名、一般名、慣用名などさまざまな名前で掲載されています。北京五輪の男子400メートルリレーで優勝したジャマイカチームのメンバーのひとりの尿の再分析の結果、禁止物質のメチルへキサンアミンが検出され、10年後に4人全員のメダルが剥奪されたと報道されました。
 メチルへキサンアミンって何でしょうか? 2023年の禁止表の興奮薬の項には、4−メチルへキサン−2−アミン(メチルへキサンアミン、1、3−ジメチルアミルアミン、1、3−DMAA)のように書かれています。世代によって学習した命名法が違うので、このような記載になっているのです。このように、販売される禁止薬の名前はちがっても同一物質であることはよくあることです。それらが同じ化合物であるかどうかを確認するにはどうすれば良いでしょう。やはり化学構造式です。学生時代に学んでおられるので、名前から構造式を書くことはそれほど難しくないと思います。それにより異なる名前の禁止物質が同じかどうか確認することができます(図1)。

 同じ興奮薬の項に、3-メチルヘキサン−2−アミン(1、2−ジメチルペンチルアミン)があります。単に、メチル基の位置が違う異なる化合物です。
 ちなみに、なぜ4−メチルへキサン−2−アミンだけ、メチルへキサンアミンと呼ばれるのかというと、イーライリリー社が開発した合成品の一般名だからです。交感神経興奮作用があるので、点鼻スプレー(商品名:Forthane)として発売していましたが、その安全性から1983年に自主的に販売中止した化合物です。ところが、その後、興奮剤や精力増強サプリメントの成分としてメチルへキサンアミンが使用されているのです。メチルへキサンアミンをグローバルDROで検索すると、その他の成分名として14も羅列されています。そのことからも構造式こそが化合物の指紋のようなものだとおわかりになることと思います。

5. 薬局やドラッグストアで配慮すること

(1)漢方薬

漢方薬によるアンチ・ドーピング規則違反はオリンピックでも過去にありました。漢方薬は薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブックでも使用可能薬リストに掲載されておらず、またグローバルDROでは検索すらできません。漢方薬は多くの生薬の組み合わせで成り立っています。それぞれの生薬にそれぞれ多くの成分が含まれ、それらが産地や採集時期、抽出方法などの違いで成分量が変化する可能性もあります。したがって、全ての成分を把握して使用の可否を判断することは困難です。他の安全な代替薬がある場合にはそちらを薦めるようにしましょう。また、明確に禁止物質を含む麻黄やホミカなどについてはチェックしておくことが必須です。漢方薬ではありませんが、皆様が販売しておられるのど飴にも禁止物質が入っているものがありますので、十分注意してください。

(2)サプリメントについて

 サプリメントによるアンチ・ドーピング規則違反は数多く知られています。中でも2016年の岩手国体での違反事例は国体で初めて検査結果が陽性ということもあり、大きく報じられました。この選手は外国から個人輸入したサプリメントを摂取しており、競技会中の尿検査において、蛋白同化ステロイドが検出されたのです。この選手は、日常的に同じサプリメントを摂取していたが、他の競技会での検査では陰性であったと訴え、「意図的でなかった」ことが証明され、資格停止期間が4ヶ月と短縮されました。実際に検査時に接種していたサプリメントからは蛋白同化ステロイドが検出されました。
 2019年4月に「スポーツにおけるサプリメントの製品情報公開の枠組みに関するガイドライン」が策定されました。これにより、WADAやJADAとは関係のない第三者の分析機関によりサプリメントの認証が行われるようになりました。一見、アスリートにとって、その摂取は安心のように思えますが、上記の例のように製品のロットによって禁止物質が紛れ込むことがありえます。皆様の薬局やドラッグストアにアスリートが相談に来た場合には、サプリメントはやめた方が良いと冷たく突き放すのではなく、以上のことを説明し、サプリメントに代わる栄養バランスのとれた食事を進めるもよし、どうしても認証されたサプリメントを接種したい場合には、検査で陽性になった場合のことを考えて、ロット毎に一部を残すとか記録を取っておくとかの指導をされるのが良いと思います。もちろん、認証されていないサプリメントを摂取することは問題外です。

(3) eスポーツにおいてもドーピング検査が行われている

 eスポーツとはいわゆるコンピューターゲーム、ビデオゲームなどを使って対戦するスポーツ競技です。2021年1月、一般社団法人日本 e スポーツ連合(JeSU)が日本アンチ・ドーピング機構(JADA)に加盟しました。子供たちが「興味ある職業」として「プロゲ―マー」を上位に選ぶ時代です。今後、パフォーマンスの向上のために集中と持続を可能とする禁止物質の利用が想定されます。薬局やドラッグストアにおけるゲーマーたちへのアンチ・ドーピングに関する指導が必要となってくるでしょう。ぜひ注意をしておいてください。

 終わりに

 薬局やドラッグストアにアスリートが来ることはますます増えるでしょう。彼等に最終的に医薬品などを渡すのは皆様です。意図しないドーピングを防ぐためにもしっかりした医薬品の選択と使用に関する指導をしましょう。大切なことは彼らの気持に寄り添うことです。そして、ぜひ応援もしてあげてください。

原博氏:東京都薬剤師会相談役
著書多数。
・『創薬化学』(東京化学同人発刊、長野 哲雄氏、夏苅 英昭氏との共編)
・『スタンダード薬学シリーズ』(日本薬学会編)(東京化学同人発刊、編集委員)
・『薬学用語辞典』(日本薬学会編)(東京化学同人発刊、編集委員長)
・『薬学生・薬剤師のための英会話ハンドブック』(東京化学同人発刊、 Eric M. Skier氏、渡辺 朋子氏との共著)
・『問題解決型学習ガイドブック』(日本薬学会編)(東京化学同人発刊、編集委員長)
・『医・薬・看護系のための化学』(東京化学同人発刊、荒井 貞夫氏との共訳)
・『薬局・病院ですぐに使える英会話フレーズブック』(東京化学同人発刊、 Eric M. Skier氏、岩澤 真紀子氏、大石 咲子氏との共著)
など。

この記事のライター

最新の投稿


【調剤報酬_疑義解釈】夜間休日対応の周知、「薬剤師会会員のみの整理」は算定不可

【調剤報酬_疑義解釈】夜間休日対応の周知、「薬剤師会会員のみの整理」は算定不可

【2024.04.26配信】厚生労働省は4月26日、令和6年度調剤報酬改定の「疑義解釈資料の送付について(その3)」を発出した。


【東京都】災害薬事コーディネーターを任命/都薬副会長の宮川昌和氏など

【東京都】災害薬事コーディネーターを任命/都薬副会長の宮川昌和氏など

【2024.04.24配信】東京都薬務課は4月24日、定例会見を開いた。


【東京都】市販薬の適正使用へ/小学生向け教材作成へ/乱用推進計画

【東京都】市販薬の適正使用へ/小学生向け教材作成へ/乱用推進計画

【2024.04.24配信】東京都薬務課は4月24日、定例会見を開いた。


【楽天三木谷氏】“濫用薬”の規制方向「撤回を」/デジタル社会構想会議で表明

【楽天三木谷氏】“濫用薬”の規制方向「撤回を」/デジタル社会構想会議で表明

【2024.04.24配信】デジタル庁は4月24日、第 9 回デジタル社会構想会議を開いた。この中で三木谷浩史氏(楽天グループ株式会社/一般社団法人新経済連盟)は厚労省の進める“濫用薬”の規制方向を撤回するよう意見した。


【たんぽぽ薬局】ミック・ジャパン(大阪市)のドラッグ事業など譲受へ

【たんぽぽ薬局】ミック・ジャパン(大阪市)のドラッグ事業など譲受へ

【2024.04.23配信】株式会社トーカイの連結子会社であるたんぽぽ薬局株式会社(岐阜市)は4月22日、株式会社ミック・ジャパン(大阪市)との間で、ミック・ジャパンが展開するリハビリデイサービス事業、ドラッグストア事業などの各事業の譲り受けについて基本合意に至ったと公表した。


ランキング


>>総合人気ランキング